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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)12379号 判決 1997年1月24日

原告

原田敬志

被告

株式会社渥美興産

ほか一名

主文

一  被告全冨士子は原告に対し、二項の金額の範囲内で被告株式会社渥美興産と連帯して金二二四万三〇五二円及びこれに対する平成六年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社渥美興産は原告に対し、被告全冨士子と連帯して金一〇三万〇六五二円及びこれに対する平成六年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二〇分し、その一九を原告の、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、連帯して金四五六九万四五一一円及びこれに対する平成六年三月二九日(事故日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車に乗車中、交差点付近において、普通乗用自動車と衝突して負傷した原告が、視力障害の後遺障害を残したとして、右運転者に対し民法七〇九条に基づいて、保有会社に対し、自動車損害賠償保障法三条、民法七一五条に基づいて、逸失利益等の賠償を求めた事案であり、事故と視力障害との間の因果関係の存否を巡つて争われた。

一  争いのない事実等

1  事故の発生(争いがない)

(一) 日時 平成六年三月二九日午後一〇時四五分頃

(二) 場所 大阪市平野区長吉長原二丁目一四番一九号先路上

(三) 関係車両 原告運転の普通乗用自動車(大阪七九ふ七七五二号、以下「原告車」という)

被告全運転の普通乗用自動車(なにわ五七む五四九一号、以下「被告車」という)

(四) 事故態様 原告車と被告車とが衝突した。

2  被告全の責任原因(争いがない)

被告全には、路外施設から道路に進入するに際して、走行車両への注意を怠つた過失がある。

3  被告会社の責任原因(争いがない)

被告会社は、被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者に当たる。

4  損害の填補(弁論の全趣旨)

原告の藤田病院での治療費三一万七六三〇円は支払済みである。

二  争点

1  過失相殺

(原告の主張の要旨)

被告全は路外施設から道路に進入し、車線変更禁止の規制に違反して、車線を二車線も変更して強引に先の交差点で右折しようとしたもので、本件事故は同被告の無謀運転に起因するもので、原告に過失は存在しない。

(被告らの主張の要旨)

原告には、前方不注視並びに制限速度を超過して走行していた過失があり、三割程度の過失相殺がなされるべきである。

2  本件事故と原告の視力障害との間の因果関係の存否

(原告の主張の要旨)

原告は本件事故前、視力に異常がなかつたのに、事故後間もなく、閃輝性暗点症が発症した。これは、本件事故による傷害に起因したものと推測される。仮に他の要因が関与していたとしても割合的因果関係による処理がなされるべきである。原告の閃輝性暗点症は自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表九級三号に該当し、原告はその労働能力の三五パーセントを失つた。

(被告らの主張の要旨)

原告の訴える症状は何らの他覚的所見を伴わず、その発生原因も不明であるから、本件事故と原告の目の症状との間に因果関係は認められない。

3  損害額全般

(原告の主張)

(一) 藤田病院の治療費 三一万七六三〇円

(二) 大阪市立病院の治療費 一万〇八七〇円

(三) 通院交通費 二万六〇〇〇円

(四) 休業損害 二三万〇六五二円

(五) 後遺障害逸失利益 三三九一万四五八九円

(六) 入通院慰謝料 一〇〇万円

(七) 後遺障害慰謝料 五四〇万円

(八) 原告車修理代 一一一万二四〇〇円

原告は、(一)ないし(八)の合計四二〇一万二一四一円から前記損害填補額三一万七六三〇円を差し引いた四一六九万四五一一円及び(九)相当弁護士費用四〇〇万円の総計四五六九万四五一一円及びこれに対する本件事故日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの主張)

(八)は認める。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺)について

1  裁判所の認定事実

証拠(甲五、検甲一ないし八、乙一、原告本人)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

(一) 本件事故は、別紙図面のとおり、広い中央分離帯を有する片側三車線で車道の幅員が片側だけで約一一メートルの、南北に延びる道路(以下「第一道路」という)とこれに東西に交わる幅員約六メートルの道路(以下「第二道路」という)によつてできた交差点付近において発生したものである。右交差点は市街地に存し、信号機によつて交通整理がなされている。

第一道路は交通頻繁な道路であり、制限速度は時速六〇キロメートルであり、車線変更禁止の規制がなされている。

(二) 被告全は、第一道路西側にあるレストラン「カーサ」の敷地から第一道路を経て第二道路へ右折しようとし、別紙図面<1>(以下符号だけで示す)から発進し、<2>、<3>と二車線を横断する形で進行し、<3>において<イ>の原告車と衝突した。

(三) 他方原告は、シートベルトを着用して第一道路の第三車線(中央よりの車線)を時速約七〇キロメートルで北進し、対面青信号に従い、本件交差点を直進しようとしていたが、<ア>付近において、<1>から<2>にかけて進行してくる被告車を認め急制動をかけたが及ばず、<イ>において、<3>の被告車と衝突した(衝突地点は<×>)。

2  裁判所の判断

1の各認定事実に照らし考えるに、本件事故は、路外施設から道路に進入したうえ、進行車の動静に注意を払わず、車線変更禁止の規制があるのに、短距離の間に二車線の車線変更をなし、右折を試みた被告全の過失によるところが大である。他方、原告は第三車線を直進走行していたものであつて、制限速度を超過して走行したという落ち度は認められるが、第一車線の左方にある路外施設から交通頻繁な道路に進入したうえ、これを斜め横断するという無謀な運転行為と対比した場合、右落ち度をもつて過失相殺の対象としなければ、公平を害するとは言えない。

二  争点2(本件事故と原告の視力障害との間の因果関係)について

1  裁判所の認定事実

証拠(甲二、三の1ないし4、四、六、乙二ないし五、証人西興史、原告本人)によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 原告(昭和二五年七月一一日生、当時四三歳)は、本件事故以前において、眼科医での治療歴はなく、家族の中にも目に異常をもつ者はいない。

原告は本件事故の衝撃で、運転席の前面に身体を打ち付け、救急隊員に起こされるまで意識を失つていた。

(二) 原告は、本件事故当日である平成六年三月二九日、回生会藤田病院で診察を受け、両膝打撲及び胸部打撲、外傷性頚部症候群の診断を受け、同病院において同年一二月二日まで右外傷に関する治療を受けた(実通院日数一三日)。

(三) 原告は、本件事故後、一週間ないし一〇日を経過したころ、視界の右下に輝くような点が現れやがて消えるという症状を覚えたが、疲労から来るものと考えていた。しかし、やがて右点がギザギザした鋸条を呈して拡大していき、視野全体の半分くらいの大きさのドーナツツ状になり、二、三時間を経て消えるという症状を示すようになつた。そのドーナツツ部分は多くのガラス片が輝くような状態で、ドーナツツの穴の部分は磨りガラスがかかつたようにぼやけているというものである。

原告は、平成六年四月二〇日ころ、前記藤田病院の担当医師に右症状を訴え、精密眼底検査及び脳波検査を受けたがいずれも異常が発見されず、平成六年一二月一日、大阪市立大学付属病院の眼科において診察を受けた。更に平成七年八月、西眼科病院において診察を受け、閃輝性暗点症に罹患しているとの診断を得た。右受診時期においては週に二、三回、右症状を示していたもので、その後、平成八年に入ると症状の発生は月二、三回にとどまつた。右症状が出るときに頭痛等の症状は伴わず、いつ発生するかは不定期である。

(四) 閃輝性暗点症は、原告の訴えるような視覚に関する症状を典型症状とするもので、その原因について医学上の定説はないが、大脳視覚域の血管の攣縮とその後の拡張弛緩が原因であるとする説が有力で、頭痛を伴うことがあり、偏頭痛の一表現型であるとも言われている。

閃輝性暗点症は、視神経の異常、眼底の異常は伴わず、本人の訴の他には他覚的所見はないのが特徴である。その発生は大部分加齢、家族性に基づく、自然発症によるものであり、特に四〇歳代、五〇歳代から発症することが多い。外傷が引き金となつて、これが発症したという報告例もなくはないが少数である。

(五) 前記大阪市立大学付属病院医師尾花明は、「閃輝性暗点症は通常脳血管の循環障害などにより生じることが多く、年齢・気温の変化、ストレスなどによつて生じるため、原告の症状と事故との因果関係の立証は困難であると思われる。」との見解を示している(特に甲三の3)。

前記西眼科病院医師西興史は、要旨「閃輝性暗点症が本件事故後発症したことを考えると、本件事故による外圧が原告の脳内にある閃輝性暗点症の原因部分(但し、それが何であるかは医学上定説はない)に影響を及ぼし、閃輝性暗点症が発症したこと、いわば事故が引き金になつた可能性は否定できない。しかし、他方、閃輝性暗点症の大部分が自然発症であることから見て、事故と無関係に偶然事故の後に発症した可能性も否定できない。」と証言する(特に証人西興史)。

なお、自動車保険料率算定会は原告の眼科的症状は自動車損害賠償保障法上の後遺障害には該当しないと判断している。

2  裁判所の判断

右の認定事実に照らし考えるに、原告が本件事故後閃輝性暗点症に罹患したことはこれを認めることができる。しかし、その因果関係について、証人西は、「本件事故が引き金となつた可能性は否定できない。」と証言する一方、閃輝性暗点症の発症原因が何であるか、本件事故がその発症原因にいかなる働きかけをしたのかは不明であるとする。更に、本件事故と全く無関係に発症した可能性も存するというのであるから、右証言によつて本件事故と原告の症状との因果関係を認めるのは不可能であり、他に右因果関係を肯定するに足りる証拠はない。

三  争点3(損害額全般)について

1  藤田病院の治療費 三一万七六三〇円(主張同額、甲一〇の1ないし6)

2  大阪市立病院の治療費 〇円(主張一万〇八七〇円)

右治療費は本件事故と因果関係が肯定できない閃輝性暗点症の診断及び治療に向けてのものであるから認められない。

3  通院交通費 〇円(主張二万六〇〇〇円)

交通費の内訳に関する立証がないので交通費としては認定できない。原告が通院に関して幾分かの経済的負担を強いられたことは入通院慰謝料の加算要素として考慮する。

4  休業損害 二三万〇六五二円(主張同額)

証拠(甲八の1ないし7、原告本人)によれば、原告は平成三年に独立して、従業員二名を使いプラスチツク金型設計製作業を始めたこと、平成二年の給与所得は六七七万二〇〇〇円であつたこと、平成五年度において、その売上額は三四九七万四七五五円、減価償却費三四一万円余、申告所得が一五二万一三六八円であることが認められる。すると原告は本件事故当時、少なくとも年間三〇〇万円(月額二五万円)程度の年収を得ていたものと推認でき、他方原告の仕事の性格、頸椎捻挫という傷害内容から見て本件事故後三か月は少なくとも三分の一の労働能力を失つていたものと認められるから、その休業損害額は少なくとも原告主張額二三万〇六五二円に達する。

5  入通院慰謝料 七〇万円(主張一〇〇万円)

二の1の(二)認定の原告の傷害の部位・内容・程度、通院期間・状況のほか本件審理に顕れた一切の事情に鑑み、右金額をもつて慰謝するのが相当である。

6  原告車修理代 一一一万二四〇〇円(争いがない)

なお、被告全が、被告会社の業務として被告車を運転していたとの証拠はないから、右物損については被告会社は責任がない。

7  その余の後遺障害逸失利益、後遺障害慰謝料は前記のとおり理由がない。

第四賠償額の算定

一  被告全の負担すべき賠償額

1  第三の三の1ないし6の合計は二三六万〇六八二円であり、これから前記損害填補額三一万七六三〇円を差し引くと二〇四万三〇五二円となる。

2  弁護士費用

1の金額、事案の難易、請求額その他諸般の事情を考慮して、原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして同被告が負担すべき金額は二〇万円と認められる。

3  結論

1、2の合計は二二四万三〇五二円である。

よつて、原告の同被告に対する請求は、右金額及びこれに対する本件事故日である平成六年三月二九日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

二  被告会社の負担すべき賠償額

1  第三の三の1ないし5の合計は一二四万八二八二円であり、これから前記損害填補額三一万七六三〇円を差し引くと九三万〇六五二円となる。

2  弁護士費用

原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして同被告が負担すべき金額は一〇万円と認められる。

3  結論

1、2の合計は一〇三万〇六五二円である。

よつて、原告の同被告に対する請求は、右金額及びこれに対する本件事故日である平成六年三月二九日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

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